干潟あれこれ (2002以前)  その1 その2

  ウネナシトヤマガイ    アメフラシ

アメフラシ? (02年11月11日)           NO、21
 11月5日12:30 新月の干潮時刻なのに潮のひきは小さく、干潟は一部しか現れていませんでした。 写真は、浜に打ちあげられた「ウネナシトヤマガイ」のおびただしい貝殻です。こんなに多くの貝が生息していたのかとびっくりしました。と同時に、死因が気になるところです。(写真左側)
 茶色でゴルフボールぐらいの、ぶよぶよしたものを見つけました。ピンセットを使って潮溜まりに入れると、背中の穴から白い液を放出しました。アメフラシの仲間です。(写真右側) 初めての対面でした。
   その他の生き物   ケブカタジアの流れ藻    クモガニ    イソガニ    ヒライソガニ
                ケブカイソガニ        チチュウカイミドリガニ

 
ウロコムシ 
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ユビナガホンヤドカリ (7月16日)              NO、18
 
7月11日、台風6号の通過で、なにか収穫があるかなと期待をこめて干潟へ出かけました
 テトラポットの周りにできた小さな水溜りに、なにかの動く気配がしたのでのぞいてみると、貝殻を奪い取られ、慌てふためいているはだかのヤドカリでした。
 以前からヤドカリの名前を知りたかったのですが、すみかの「貝殻」をつぶしてその体の特徴を知るにしのびなかったのです。
 チャンスとばかり、左の手のひらにのせ、シャターを切りまくりました(写真)。東山さんの「甲子園浜の生物」目録で紹介されているユビナガホンヤドカリとわかりました。
 貝殻を奪われたヤドカリは、普通相手の使っていた貝殻に直に入り込むはずですが、このヤドカリはもとの場所においてもじっとしたままで動きません。近くにあったカラの貝殻をそばにおいてその場所を離れました。
○ 本日出会えたおもな生き物
 @、ユウレイボヤ・・・・・・・・・ムカデノリに5cm大のものが10匹以上群がっていた。
 A、トゲイトマキヒトデ・・・・・・昨年初めてみつけたもの。
 B、ケフサイソガニ ・・・・・・近年少なくなっている?
 C、アサリ      ・・・・・・「例年6月以降とれないのに、今年はめずらしく採れる。」と アサリ採りをしていた人のお話。

イボニシにくっついたシマメノウフネガイ?〈6月2日)      NO、17
 5月28日、干潮時刻14:30 大潮で潮位‐7cm、干潟は大きく広がっていました。が、そこは一面アオサで覆われ「みどりの干潟」でした。
干潟の周りを一周しましたが生き物はみつかりませんでした。
 砂浜では4〜5人のアサリ採りの姿を見ました。収穫は3〜4cmの大ぶりなものが、2リットルくらいと豊漁のようでした。
大阪の南の方で収穫されたアサリに、有毒物質が含まれていたことがテレビで報じられていたように思う? ここのアサリは大丈夫でしょうか?
 本日干潟で見られた生き物
@イボニシの産卵真っ盛り
Aシロボヤ
Bイボニシにくっついたシマメノウフネガイ〈写真)
Cケフサイソガニ
Dイソガニ
Eチチュウカイミドリガニ(交尾中)


イミドリガニの繁殖 10月22日)   NO、16
  
10月16日 干潮時刻13:47 新月の大潮なのに潮位は65cm、ひきが小さく、干潟の一部が顔をのぞかせているだけでした。それでもテトラポットの下に降りることができ、足元のくぼ地(タイドポール)の生き物探しを始めました
先月まで、人影を察知して
一斉に身を隠していた何百匹ものフナムシの姿はもうありません。ただアオサが一面に広がっているだけの淋しい干潟でした
アオサに隠れていた一匹のカニが目に付いたのでピンセットで持ち上げて見ると、なんと交尾中のチチュウカイミドリガニでした。ピンセットでつかまれてもメスをしっかりと抱いて離そうとしません。命がけの恋なのでしょうか?。このカニたちは、干潟にすっかり定住しているらしく、写真を撮っている間にもあちこちからペアが現れます。
 これらのカニは最近見られるようになったものですが、体が大きく繁殖力が旺盛なことから、やがてこの干潟の優先種になるのではないかな・・・と思っているのですが。


東山さんからメールいただきました (9月26日)  (NO、15)
 先日、東
山さんから底生生物の調査結果についてのメールをいただきました。 東山さんは30年前、甲子園干潟の保護運動のリーダーとして活躍された方で、言い換えれば「甲子園干潟の生みの親」です。 また、30年前、東山さんらの労作 「甲子園浜の生物一覧表」を頂きました。(干潟にこだわるようになったきっかけです。)
こんなすごい方からメールをいただいて、嬉しいかぎりです。これからもいろんな事を教えていただければと思っています。
 
 
東山さん底生生物調査(一部)
年の特徴は、アサリ、イボニシ、カンザシゴカイがやたらと多いことです。
脈略なくあげてみますと、(注目したものだけ)ウスヒラムシ、ムギガイ、ウズラタマキビ、
ヨーロッパイワホリガイ、サルボーガイ、オオノガイ、ウネナシトマヤガイ、アメフラシの卵。
 ミドリイガイ。 テッポウエビ、チチュウカイミドリガニ、ハマダイコン?一本、他の海岸植物は無事、海藻はよくついていてアナアオサ、ヒラアオノリ、スジアオノリ、ムカデノリ、ハバノリ、紅藻1種、褐藻1種。

 
「干潟の野鳥」充実 (9月14日)        NO、14

 
9月9日西宮市の杉田義彦さんから 「干潟の野鳥調査結果」を提供していただきました。
 杉田さんは、以前紹介致しましたが(このページNO、4)、甲子園干潟の野鳥調査や写真撮影に精力的に活動されている方です。
 私の調査は「どんな鳥がいたか」というものですが、彼の調査は「どんな鳥が、何羽いたか」という数の調査ですから、どんな野鳥が増えているか、減っているかを考えるときに大きな意味があるように思います。できればこれからも提供して戴きたいと思っています。
 調査結果は「干潟の野鳥」のページをご覧下さい。

潟の再生始まる!! (9月14日)          NO、13    
 環境省による干潟の「かさあげ工事」前の底生動物調査が始まりました。(8月31日)いよいよ甲子園干潟の蘇える日が見えて来て嬉しいです。 来春にも2回目の調査が行われる予定だそうです。

干潟にまた新顔登場!(6月19日)        NO、12
 6月7日、この日は本当についていました! 写真のヒトデに出会ったのです。
私は、この干潟でヒトデを見たのは今回が初めてです。 「甲子園浜の埋め立てを考える会」の「甲子園生物一覧表(S、52発行)」にも記載されていませんでした。
干潟に新顔登場!!(6月17日)  NO、11
 

 6月7日、の続きです。(身近な自然NO、133)小さくて細長い巻貝を見つけました。(写真)
瀬戸内の小さな島で育った私は、こんな貝を沢山採ってきては、オヤツに食べたことを思い出しました。たしか、その貝を「アムナ」と呼んでいたように思います。
 が、今回採集した貝は殻高13mm、殻幅7mmと小ぶりで「アムナ」とは違います。
 6月15日、西宮貝類館で同定していただきました。「アラムシロガイ」で「最近、海がきれいになったらしくて、よく見られるようになりました。」ということでした。
大変嬉しいことです。早速「干潟の貝」の住民台帳に追加したいと思います。


浜甲子園干潟はよみがえる!!  (2月20日)     NO、10
 2月15日 朝日新聞夕刊の第1面に下の写真と記事を発見!
震災による海底の沈下で狭くなった干潟の回復
を、環境省が検討しているというものです。諫早湾の干拓や尼崎公害訴訟等々で環境省の存在感のなさに失望ばかりしていたのですが、今回の検討は、甲子園浜の干潟に関心をもつ一人として、こんなに嬉しいことはありませ



ムラサキイガイはいきていけなかった (9月10日) NO、9
 あの大地震の前までは、干潟のコンクリート板の割れ目に沿ってムラサキイガイが密集していました。しかし、地震以降ほとんど見かけなくなりました。
 ところが、6月23日干潟の西半分〈砂地の部分をのぞく)で大きさTcmくらいのムラサキイガイが海底のコンクリート板をはじめ人頭大の石すべてを覆い尽くしていたのです。まるで黒いジュウタンを敷き詰めたようでした。ところが8月29日にはテトラポットと干潟の小さな砂浜には打ち上げられたムラサキイガイの貝殻でいっぱいになっていました〈写真)。
 ムラサキイガイはこの干潟では生きていけなかったのです。
自然のしくみはすばらしいとよくいわれますが、干潟で生活が出来ないことを知るために何万の尊い生命の代価が必要だったのです。 

ボニシが産卵した 〈9月7日    NO、8
 メ
スのイボニシがオスになっていく現象、いわゆる環境ホルモン〈この場合有機錫)による大きな被害を受けていることがマスコミでたびたび報じられてきました。
 浜甲子園干潟のイボニシについても例外ではありません。
 ‘98年鳴尾中理科部の調査によると78%以上のイボニシがオス化していることがわかりました。が、その一方イボニシの集団産卵〈大きな意味がある)場所が10箇所以上観察されました。
 ところが‘99年は集団産卵場所が発見できずとても心配しましたが、2000年の今年の調査〈8月29日)でやっと3箇所確認できました。
 浜甲子園干潟からイボニシの姿が消えるのかと不安でしたがこれで一安心といったところです。
 写真はテトラポットのねもと付近に産み付けられた卵のうで、広さはハガキの4倍くらい

神大府属中 内山裕之先生のHPから (8月20日) NO,7
 
浜甲子園干潟について貴重な資料です。詳しくは先生のHP「うちやま動物探検ワールドにジャンプして下さい。  
■ 
甲子園浜は何故残ったのだろうか
 
神戸から尼崎までの海岸がどこもコンクリートの岸壁に変貌したというのに、何故、西宮にだけ砂浜があるのか。これは実に奇妙なことだ。
 昭和46年1月、私が数ヶ月で西宮東高校を卒業という頃、西宮の市政ニュースに甲子園浜の埋め立て計画が大々的に報じられていた。兵庫県は甲子園浜を含む200ヘクタールをすっぽり埋め立てて、工業用地にする予定だったのだ。その前年は大阪で万国博覧会があり、日本は高度経済成長のムードに酔っていた。私もその頃は「砂浜がなくなるのか。寂しいけれど、経済発展のためには仕方がないのかな」と思っていた。甲子園浜もコンクリート岸壁になる運命だったのだ。
 では、何故そうならなかったのか。それは、南甲子園小学校PTAの反対の声が発端であった。母親たちは市役所を訪ね入手した資料を見て驚いた。資料とは「阪神湾岸地域開発構想」と「阪神港湾計画平面図」(昭和42年8月港湾審議会)である。この計画では、浜を埋め立てるだけでなく、小学校のプールの上に湾岸道路と名神高速を結ぶ道路をつけるという内容も含まれていた。母親たちは憤慨し、関係機関への陳情、要望、議会への請願、市庁舎への100日におよぶ座り込み、行政不服審査請求と
あらゆる手だてを尽くし、埋め立て反対運動を展開した。しかし、これでも行政は計画を強行実施しょうとした。それで母親達は最後の手段として訴訟にうってでた。2004名の地域住民による訴訟は被告の脚下申し立てという困難な状況の中で、実質審議に入り、ついに市を通じて県との和解交渉に入った。この苦渋の運動は途中で放棄されなくなった。この我慢が成果を勝ち取った。後に甲子園浜は環境庁の鳥獣保護区にしていされたのだ
   
 ※  母親達はこのほかにも生き物調査を行いました。この結果が「甲子園浜の生物一覧表(甲子園浜の埋め立てを考える会)としてまとめられています。(詳細が欲しい人は申し出て下さい)

■真の豊かさとは何か
 さて、この運動はどうしてねばり強く展開できたのか。それは甲子園浜に魅せられた方が大勢いたからだ。甲子園浜には東から中央部分に干潟や磯を持つ。ここではカニやヤドカリ、ゴカイがびっしりついており、それをねらってシギ・チドリが毎年群をなし飛来する。中央から西の部分には、広大な白砂 が存在する。この砂浜には阪神間ではほとんど全滅した海浜植物が今なお分布している。ハマヒルガオ・ハマエンドウ・ツルナ・コウボウシバなどである。
 甲子園を守る会のメンバーの1人東山直美さんはずっとこの自然を見守ってこられた。甲子園浜は箱庭のような自然である。ちょっとしたことで植物は全滅してしまう。テトラポット撤去作業、歩道の建設、台風、、心ない人の行動など、全滅する要因はたくさんある。東山さんは毎日のように甲子園浜に足を運び、植物の株の一つ一つに目を配り、愛情を注いで来られた。株を植え替えたり水をかけたり、自分の庭のような気の使いようだ。
 「ここの干潟は戦前にあった阪神パークの水族館や川西飛行場の滑走路の残骸でできているの。月日がそれを風化させ、自然にもどしたのね。自然はたくましいのよ。だからもっと豊かな自然に復活できるわ。」「今回の南部地震で東部分の干潟20a程、低くなったみたいね。干潮の時の陸地が減ったわ。トウネンなど小型のシギの飛来数が減ったみたい。」「少しコンクリートブロックや砂などを入れて、干潟を元どおりにできないものかな。それに干潟の沖にあるアオサギがとまっているコンクリートの防波堤、あそこを本格的な鳥の休憩場にできないかな。防波堤のまわりに捨て石を入れて、植物が生えるような島的な環境にするの。鳥獣保護区という看板がある以上、もっと積極的に自然を復活させて欲しい。」「単に保護するだけではだめね。それでね、自然のまわりにね、子どもが安心してやってこれるようにサイクリングの道をつくるの、武庫川から埋め立ての渚まで」東山さんは未来の子ども遊びにまで心を配る。
 さて、本当の豊かさとは何だろう。経済発展のために、学校のプールの上に産業道路をつくることだろうか。どうせちっぽけな砂浜だからと、コンクリートで固めることだろうか。もし、甲子園浜が埋め立てられていたら、海岸は工場の敷地になり立ち入り禁止になっていたかもしれない。かつて、ここにシギチドリが羽を休める干潟があったことなど、遠い昔の不確かな記憶になっていたかもしれない。

浜甲子園干潟最大に広がる   NO、6
5月5日午後2時、1年を通して一番干満の差が大きくたく、干潟は大きく広がりました。毎日これぐらい潮がひけば小さな生き物や野鳥の楽園になるのですが。

最近のお客さんは、イカルチドリ.ムナグロ.ササゴイ.ミツユシギ.ミツユビカモメ.カンムリカイツブリ.アマサギ(4月2日)です。


久々に姿を見せた干潟(3月23日)   NO、5
 3月21日(火)13:00 大潮の干潮さすが干潟はその全容を見せていました。実に5ヶ月ぶりです。
 さっそく底生動物のウオッチングを始めましたが、5ヶ月間波に洗われることなく海底に沈んでいた干潟は泥土で覆われていました。
 今回見つけたものは美しい縞模様アサリとクラゲ3種類、ミドリイソギンチャク、ムラサキイガイ、アカニシでした。詳しくは「身近な自然」紹介します。


甲子園の野鳥調査
(2月21日   NO、4
 西宮市環境保全課より「浜甲子園の野鳥調査報告書」の冊子が発行されました。(平成10年より一年間の野鳥調査の記録)                その「まえがき」の中に「西宮市では平成6年環境計画を策定しました。この計画の大きな柱の一つが自然との共生です。地元の方々の協力を得ながら”自然との共生”をめざして野鳥の保護を図ってまいりたい考えております」とあり、また調査に当たった杉田さんと一橋さんは、「おわりに」の中で「甲子園浜は様々人が集まってくる」が「それぞれが各々の目的で浜を利用しているようすをみると、自然環境の尊さを改めて感じた。鳥や動物と同様、人もまたそのような環境に身を置くことを求めている。」とあり、自然の中で人間と動物、野鳥、その他の生き物たちが互いに自分の立場を守りながら生きるているとまとめられていたことが甲子園浜を見つめている一人の私として嬉しい思いをしました。

浜甲子園干潟について         NO、3
青少年あこがれの甲子園球場の南約3qのところにある30ヘクタールほどの小さい干潟です。 細かい砂の部分と人頭大の石やコンクリートなどの広がる部分とから出来ています。 ここは、シギやチドリの飛来地で、春、秋の渡りの頃には近郊はもちろん大阪や京都等からも愛鳥家が訪れ、賑わっています。しかし高速道路の橋脚が南側に並び、さらにその南側にも埋め立てが進み、海水の出入りが妨げられています。

干潟が沈んだ                  NO、2
阪神大震災によって干潟が沈んだようです。新聞の干潮時刻にあわせて出かけていっても干潟がが現れていないのです。 そこで、98年5月の大潮の干潮時(一年を通じて干満の差が一番大きい頃)鳴尾中理科部員で周りの石を寄せ集めてその一部を50p高くしました。そうすると小潮の時でも一日2回、高くした部分が陸地となって海面から出てくるようになりました。 このたびの地震で干潟は約50p沈下してしまったようです。

シギやチドリが減った?         NO、1                                         飛来するシギやチドリの数や種類が減ってきたように思えます。これはシギやチドリのエサとなるカニやゴカイなどの底生生物が減ったためと思います。そこで干潟に生息する生き物を調べることにしました。

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